私は物心ついた時から、川崎市多摩区の丘の上の竹林に囲まれた郊外で育てられてきましたが、三才下の弟が産まれてまもない頃は、中目黒銀座で洋品店を営んでいた祖母の家によく預けられていました。
祖母の家に入る時は表の店から入らずに、脇の細い路地から裏口にまわりました。 薄汚い路地裏に、となりの肉屋の換気扇が出す生暖かい空気が充満していたのを思い出します。
店の上の畳の部屋で寝転がっていると、商店街の喧噪が遠くの世界から聞こえてきます。 当時流行りの歌謡曲や、路行く人びとの声。 チャリンコの鈴やとうふ屋さんの笛の音。
これが私の東京の「原風景」です。
つぎつぎと新しい店のできる新宿通り沿いは、まさに都会の中心! という活気があります。 しかし伊勢丹よりさらに奥の裏通りに入ると、急に人気の少ない寂しい感じの街になります。
このあたりのビルの裏の空気には、なぜか懐かしさを覚えます。 壁から突き出たパイプのうねりや饐えたアンモニア臭。 かつての中目黒とは決して似ていないにも関わらず、街の「裏」が持つ共通の虚脱感があります。
このあたりを歩く時、私はいつも新宿であって新宿でない、自分の街を歩いている奇妙な錯覚を楽しんでいるのです。
二・三丁目の細い路地裏には、野良猫の家族が棲んでいます。 雨の日も、東京に珍しく大雪が降った日も、きたない路地に親子でジッと固まっています。
子供がたくさん産まれた時は五六匹のネコがひしめいているのです。 たまにネコを見に行く三丁目の路地の入口に、傘が置かれるようになった。 よく見ると、マジックで「ネコ専用」と書いてありました。
近くの店の人たちが可愛がっているのが分かり、少しほっとしました。
二丁目の旧い町並みでは、写真のような子猫を発見。 家と家の間の狭い隙間に入っていきました。 熱心に写真を撮っていると、一人のおばさんが近づいてきて、 「ネコはね、写真を撮ると早く死んじゃうのよ」 とつぶやいて、いなくなってしまいました。