東新宿、明治通り沿いに、「JAM」というライブハウスがございます。 私、大学時代に音楽サークルに入っておりまして、
よくライブを見たり、付属のスタジオでバンドの練習したりするために、 「JAM」に通っておりました。 当時は、ちょうど60年〜70年代ファッションが流行っていたこともあって、
「JAM」の周辺には夜7時頃になると、ベルボトムや三つボタンや柄シャツやニット キャップをまとった若者がうろうろしだしたものでした。
その「JAM」へ行く新宿からの近道が、ゴールデン街近くにある「四季の路」という 遊歩道で、気持ちばかりの木が植わったむしむしした感じの遊歩道を、重いギターを
担いでよく通ったものです。路の両脇は浮浪者と野良ネコ(そして餌の食べ滓)の たまり場で、エアコンが吐き出すどんよりとした空気につつまれ、近くの音楽スタジオ
からわんわんというギターの音がもれていました。
ある夜、ライブ帰りに四季の路を通ると、 「まぁ、ジロー、帰ってきたのね」 と大変嬉しそうにネコを抱くおばさんが、暗闇の中、外灯に照らされておりました。
そのネコはお腹が白い黒猫で、おばさんにすっかり懐いている様子で、 その後ろでは、旦那さんらしきおじさんがニコニコと立っていました。 おばさんは、ゴールデン街の入口にある「キッチン園」を経営している方で、
「もう一匹、お店にネコが寝ているのよ」 と、店内の椅子に置いてある段ボール箱を見せてくれました。 箱の中には、ジローとそっくりな黒ネコが、ぐっすりと眠っておりました。
「ジローはね、しっぽが特徴なの。ほらここに白いマークがあるのよ」 おばさんが、指すところを見ると、しっぽの先に、不思議な輪っか状の白いマークが ありました。
その後テレビ番組で、「東京野良猫物語」というものが放映され、 「歌舞伎町のボスネコ」として、「しっぽに白いマークがあるジロー」が紹介されて
いて、驚きました。 番組によると、ジローはゴールデン街だけでなく、区役所通りを越えて(結構大通 り・ ・・)いわゆる歌舞伎町の方まで遠征に行き、そこでの戦いにも勝利した、というこ
とでした。あの時おばさんが「帰ってきたのね!」と大喜びしたのは、そんな背景が あったからなのか? と思うわけです。 しかし番組放映後、四季の路に何度も足を運んだのですが、ジローの姿は見られませ
んでした。
ジローの姿の代わりに、四季の路の名物のように、いつも入口付近を徘徊していた のが、あの時段ボールで寝ていた黒のメス(多分)ネコです。彼女はやんちゃなジロー
と違って落ち着いた色気のある優雅な物腰で、苦手なカメラを向けられようと、通行 人にいちいち、「可愛いー」などと言われようと、でん、と構えておりました。ハン
サムなキリッとした表情に惹かれ、彼女の写真(写真参照)を個展のDMとして使いま した。一度彼女の娘らしきネコを見ましたが、若くて初々しいながらも、母親似の優雅で
美しいネコでした。
個展の前日、例の銀ちゃんの飼い主さんのスナックにDMを持ってうかがったのです が、店のおばさんはそれを見て、 「あらー、これ、タンゴだわ。タンゴ、この前死んじゃったのよね」 と言いました。 それを聞いて、初めて、あのネコはタンゴという名前で、もういないのだとわかりま した。 ネコは好きでない人から見ると、どのネコも似たように見えるものですが、 あのネコは、私には少し特別な感じに見えたものでした。 人間も同様かもしれません・・・ね。 ※因に、その後、「東京野良猫物語」の第2弾が放映され、それによるとジローは行 方不明になり、現在は、ジローの息子のコジローが歌舞伎町で活躍しているそうです。